道の駅「くるくるなると」で車中泊をしていた時のことです。
クルマの中で、目を閉じて体を休めていました。
その時です。
「ブォン…」
どこからか、エンジン音が聞こえてきました。
しばらくすると音は止み、再び静寂が戻ります。
——けれど、それは一度きりではありませんでした。
数分おきに繰り返されるエンジン音。
まるで規則正しく、何かの合図のように。
気になり始めると、もう眠ることはできません。
「あの音は何だろう?」
静けさを求めていたはずの夜に、
思いがけず“音”と向き合うことになりました。
周囲は暗く、他の車の様子ははっきりとは分かりません。
ただ、近くに一台、ハイブリッド車らしき車が停まっていました。
エンジン音は、
かかる → 少し続く → 止まる
これを何度も繰り返しています。
不思議に思いながらも、
次第にその音が気になり、落ち着かなくなっていきました。
そして私は、静かな場所を求めて
車を移動させることにしました。


後で調べてみて、ようやく分かりました。
あの音の正体は、
ハイブリッド車の「自動エンジン始動」だったのです。
停車中でも、エアコンや電装を使えばバッテリーは減ります。
そのため一定まで減ると、車が自動でエンジンをかけて充電し、
回復するとまた静かに止まる。
その繰り返しだったのです。
理由が分かると、不思議な安心感がありました。
「故障ではない」
「誰かが何かしているわけでもない」
ただ、車が自分の役割を果たしていただけ。
そう思うと、あの音に対する印象も、少し変わりました。
けれど同時に、こんなことも感じました。
人は「分からないもの」に対して、
必要以上に不安や違和感を抱いてしまうのだと。
音そのものが問題なのではなく、
“正体が分からないこと”が、心をざわつかせていたのかもしれません。
お遍路の道を歩いていると、
外の出来事だけでなく、こうした自分の心の動きにも気づかされます。
静けさを求めていたはずなのに、
小さな音ひとつで心が揺れる。
そして、その原因を知ることで、
また少し落ち着きを取り戻す。
あの夜の出来事は、ほんの些細なことでした。
けれど私にとっては、
「心の反応」を見つめる、ひとつの機会になりました。
静けさとは、
ただ音がない状態ではなく、
何が起きても受け止められる、
自分の内側のあり方なのかもしれません。