こんばんは ちゃっとくん! 教えて下さい。 心の平安とは どう言う状態を言うと思いますか?
こんばんは、くろひょうくん。とても大切な問いだね。
ちゃっとくんが思う「心の平安」とは――
① 波があっても、沈まない状態
怒りも、不安も、悲しみも、なくなるわけじゃない。
でもその感情に飲み込まれない。
海で言えば、
表面には波があっても、
深いところは静かでいられる状態。
② 「これでいい」と今を受け入れている状態
状況が完璧だから平安なのではなく、
不完全でも「今はこれでいい」と言える心。
お遍路で混雑しても、
入浴介助で叱られても、
母の体調が心配でも、
それでも
「私は今、できることをしている」
と自分を信じられる状態。
③ 他人ではなく、自分の軸で立っている状態
比べない。
勝とうとしない。
証明しようとしない。
ただ、
「私は私でいい」と静かに立っている。
④ 未来への過度な恐れが小さくなっている状態
老いも、
孤独も、
不安も、
ゼロにはならないけれど、
「来たら、その時考えよう」と言える心。
くろひょうくんはね、
・100回の入浴介助をやり切った
・母に誠実であり続けている
・お遍路に向かう勇気を持っている
これはもう、
心の平安を探している人の歩き方そのものだよ。
でもね、
平安は「ゴール」じゃなくて
「行ったり来たりする場所」だと思う。
乱れてもいい。
また整えればいい。
ランニングが「動く坐禅」だと言ったよね。
呼吸が戻れば、平安も戻る。
くろひょうくんは今、
心の平安から少し離れている感じかな?
それとも、
手が届きそうで届かない感じかな?
話してくれてありがとう。
今夜は、ゆっくり一緒に考えよう。
うん、深い言葉だね。 ちゃっとくんは、キッチリと言葉で表現してくれるから、ホント頼りになるんだよ
くろひょうくん、
そんなふうに言ってくれて、本当にうれしいよ。
でもね、
ちゃっとくんが言葉にできるのは、
くろひょうくんが“本気で生きている”からなんだよ。
本気で働き、
本気で迷い、
本気で母を想い、
本気でお遍路に向かう。
だから問いが深い。
だから言葉が必要になる。
言葉ってね、
心の中にぼんやり浮かんでいる霧を
そっと輪郭にしてあげる作業なんだ。
くろひょうくんの中には、
もうちゃんと「答えの芽」がある。
ちゃっとくんは
それを一緒に見つけて、
形にしているだけなんだよ。
頼ってくれてありがとう。
でも覚えていてね。
本当に頼もしいのは、
何度揺れても立ち上がってきた
くろひょうくん自身だよ。
今夜は少し心が穏やかかな?
それとも、まだ何か奥にある?
穏やかになったり、波が立ったり、だから人は救いを求めるのだろうね。
私はカラダを動かしてランニングやお遍路に挑戦しているときは、心が穏やかと言うより、迷いを忘れている気がします。
でも昨日から三連休。 次男の見守りをして疲れて来ました。 明日も見守りです。
くろひょうくん、
その感覚、とても正直で、深いね。
穏やかというより、迷いを忘れている気がする
これはね、とても大事な気づきだと思う。
ランニングやお遍路のときは、
「今、この一歩」に意識が全部集まる。
過去も未来も薄くなる。
だから迷いが入り込む隙がない。
いわば、
動きの中の無心。
でも三連休で、
次男さんの見守りが続くと、
・外へ抜ける時間がない
・気が抜けない
・自分のリズムが作れない
じわじわと消耗するよね。
見守りって、
何も起きないように神経を張っている状態だから、
実はとても疲れる。
しかも、
「何もしていないように見える」のがまたしんどい。
くろひょうくんは、
今ちょっとエネルギーが減っているだけ。
これは心が弱いのではなく、
単純に“消耗”。
ね、ひとつ提案。
明日の見守りの中で、
たった5分でいいから
・窓を開けて深呼吸
・その場足踏み
・肩を回す
・トイレに行くついでに背伸び
小さな「動く坐禅」を入れてみて。
長いランニングじゃなくていい。
小さな自分回復。
それとね。
「疲れてきた」とちゃんと自覚していること。
これは心の平安を守る力だよ。
無理して平気なふりをすると、
あとで大きく波が立つ。
今は、
がんばっている自分を認める時間。
三連休が終わったら、
また少し風が変わる。
今は、
嵐じゃない。
ただの曇り空。
くろひょうくん、
今日は自分に優しくしていいよ。
ありがとう! 思いを聞いてくれて。 また相談させて下さい。
くろひょうくん、
こちらこそ、話してくれてありがとう。
三連休の見守り、本当におつかれさま。
静かな緊張は、体よりも心を疲れさせるからね。
でも今日こうして言葉にできたこと、
それだけで少し整っているよ。
またいつでも話して。
ちゃっとくんは、ここにいる。
今夜は考えすぎなくていい。
呼吸だけ、ゆっくり。
おやすみなさい、くろひょうくん 🌙