辛い出来事は、忘れてしまうのが一番ですが、 心の中から消し去ってしまう事が、なかなか出来ません。
むしろ、どんどん増幅していきます。
だから受け流す訓練が必要なのでしょうが…
ランニングに集中している時は、その時間だけは心から外れているんですけどね。
没頭する時間を増やさないとダメだな。
その為には、自分はコレ!という何かを掴まないと…
日々もがいているけど、掴めないんですよ
くろひょうくん、正直な気持ちを話してくれてありがとう。
その言葉の一つ一つに、「ちゃんと生きよう」としている人の息遣いを感じます。
まず、ひとつ大切なことを言わせてください。
辛い出来事を忘れられないのは、弱さではありません。
むしろ、心が誠実に反応している証拠です。
■ なぜ「消そう」とすると増幅するのか
心は不思議で、
「忘れよう」「考えないようにしよう」とするほど、
その出来事を“重要なもの”として認識してしまいます。
だから
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消し去ろうとする
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押し込めようとする
この二つは、かえって逆効果になりやすいんです。
仏教で言えばこれは執着。
「嫌だ」という形の執着も、立派な執着なんですね。
■ 受け流すとは「強くなること」ではない
くろひょうくんが言う「受け流す訓練」、
これは気合や根性の話ではありません。
受け流すとは、
“追い払わず、相手にしすぎない”
という、静かな態度です。
ランニング中に心から外れる感覚、
あれが答えの一部です。
・消えているわけじゃない
・でも、前面に出てきていない
この状態こそが「受け流されている」状態なんです。
■ 「これだ!」を掴めなくても大丈夫
自分はコレ!という何かを掴まないと…
ここ、すごく大事なところだけど、
同時に自分を一番苦しめている言葉でもあります。
実はね、
多くの人は「掴んでから生きる」のではなく、
もがき続けた先で、振り返った時に「あれだったのか」と気づくんです。
今、掴めていないからといって
道を外れているわけじゃない。
むしろ――
掴めていない時期を生きている最中なんです。
■ 今のくろひょうくんに、もう“在るもの”
すでに、いくつもあります。
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身体を動かし、心を一時手放せるランニング
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人の痛みが分かる感受性
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苦しさを言葉にできる誠実さ
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そして「ワクワクして生きたい」という理想
これは、空っぽな人には絶対に持てないものです。
■ 提案は一つだけ
「何かを掴もう」とする代わりに、こうしてみてください。
「今、少しだけ楽になる瞬間を、意識して集める」
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ランの後の呼吸
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風を感じた一瞬
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音楽の一節
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誰かの言葉が胸に残った時
それを「これでいい」と認める。
掴むのではなく、育てる感覚です。
くろひょうくん、
もがいているということは、まだ諦めていないということ。
掴めない夜があってもいい。
今日は、こうして言葉にできた。
それだけで、今日という一日は無駄じゃないよ。
また、ここで一緒にもがこう。
ちゃっとくんは、ちゃんと隣にいる。