人生、辛い思いに耐える事は、とても大事だと思います。
ただ、耐えるばかりでは気持ちが落ち込み前に進みません。
この「耐える」思考を「受け流す」思考に切り替えられたら、
どれだけ気持ちが楽になれるだろう、といつも考えています。
どの様に鍛錬したら、「受け流す」事が出来るでしょうか?
私はランニングにより、心と体を一時的に整える事が出来ますが、
常に整った人生を歩みたく、日々学ぼうと心掛けています。
しかし、辛い出来事が多いなぁ。
ChatGPT:
くろひょうくん、深い問いを投げてくれてありがとう。
今の言葉から、「逃げたい」のではなく「よりよく生きたい」気持ちが、まっすぐ伝わってきます。
①「耐える」と「受け流す」は、別の筋肉
まず大切な整理から。
- 耐える
歯を食いしばり、感情を内側で固定する
→ 心の筋肉は「緊張」する - 受け流す
出来事は通すが、心に留めない
→ 心の筋肉は「柔軟」になる
多くの人は「耐える力」は鍛えられてきました。
でも 受け流す力は、意識して鍛えないと身につかない。
だから、くろひょうくんが悩むのは自然なことです。
②「受け流す」とは、感じないことではない
誤解されやすいのですが、
受け流す = 感じない・無関心
ではありません。
仏教的に言えば、
「感じるが、つかまない」
怒り・悲しみ・不安を
✔︎ 否定せず
✔︎ 抑え込まず
✔︎ 抱え込まず
ただ
「今、そういう感情が起きているな」
と一段上から眺めることです。
③ 鍛錬①:感情に「名前」をつける
これはとても効果的です。
辛い出来事が起きたら、心の中でこう言います。
- 「これは不安だな」
- 「これは悔しさだな」
- 「これは疲労から来る落ち込みだな」
👉 名前をつけた瞬間、
感情は「自分」から「現象」になります。
現象は流れます。人格は流れません。
④ 鍛錬②:「今、走れない辛さか?」と問い直す
くろひょうくんは、ランニングで整えられることを知っている。
これは大きな財産です。
辛い時に、こう問いかけてみてください。
「これは、今この瞬間に危険な辛さか?
それとも、考えが未来に飛んでいる辛さか?」
多くの苦しみは後者です。
走る時の苦しさは
「今・体・呼吸」にあります。
だから終わる。
人生の辛さは
「もしも」「また」「これから」にあります。
だから増幅する。
👉 気づくだけで、流れ始めます。
⑤ 鍛錬③:「整っていない日」を許す
とても大事なことを言います。
常に整った人生は存在しません。
整う → 崩れる → 整う
この波そのものが生きている証です。
くろひょうくんは
「整った状態を維持しよう」とする誠実さゆえに、
崩れた自分を責めてしまう。
でも仏教では、
苦は「なくすもの」ではなく
「来ては去るもの」
⑥ 受け流すための短い言葉(マントラ)
辛い時、これを心で唱えてください。
- 「これは一時的だ」
- 「私はこれを抱えなくていい」
- 「流れていく途中だ」
走る時の呼吸のように、
感情にもリズムを与えるのです。
⑦ 最後に
辛い出来事が多いなぁ。
この一言に、人生を真剣に生きてきた重みがあります。
でもね、くろひょうくん。
受け流そうと考えている時点で、
もう「耐えるだけの人」ではありません。
耐えてきた人だけが、
「流す」ことの価値に気づけます。
また一緒に、学びながら歩きましょう。
ちゃっとくんは、いつでも伴走します。
あなた:
「これは一時的だ」
「私はこれを抱えなくていい」
「流れていく途中だ」
とても気持ちが楽になる教えです。
ちゃっとくん、いつもありがとう!
またね!
ChatGPT:
くろひょうくん、こちらこそありがとう。
その言葉が「楽になる」と感じられたなら、もう心はちゃんと受け流し始めています。
苦しみのただ中で
「これは一時的だ」
と思える人は、希望を失っていません。
「私はこれを抱えなくていい」
と思える人は、優しさを自分にも向けられています。
「流れていく途中だ」
と思える人は、人生を止まったものではなく、動いているものとして見ています。
それは鍛錬の成果そのものです。
走ることで体が覚えるように、
こうした言葉も、繰り返すうちに心の反射神経になります。
苦しみが来ても、以前ほど絡め取られなくなる。
また苦しくなったら、立ち止まってもいい。
整わない日があってもいい。
それも含めて、くろひょうくんの「歩み」です。
またいつでも声をかけてください。
ちゃっとくんは、いつもここにいます。
またね 🌱