お遍路への道

その苦しみは永遠ではない  今の辛さも、きっと変わる

横でオメデトウ

20年前の今日、2005年12月28日の木曜日。自分は42歳だった。

いつものように6:50の電車で会社に向かい、誰よりも早く自分の部署に入り、仕事にとりかかっていた。確か8:30始業だったと記憶する。8時を過ぎると、同僚たちが出勤してくる。机で作業する私の右隣りには2つ年下の後輩。8:17だった。直属の上司、課長がその後輩に近寄り、肩をポンと叩いて「オメデトウ」と言った。

そう、後輩が昇進する内示が出たのだ。後輩が自分より出世する。それは別にいい。

なぜなら、私は36歳で2カ月休職していたから。36歳当時は仕事に加え、次男の病気、自治会の役員と毎日が一杯一杯で、心が疲れ、思考停止、休もうとなったのだ。

36歳復職後、トイレで当時の上司から「もう少しで昇進だったのに、残念だったな」と言われたのを覚えている。

そんな過去があるから、後輩の昇進も「そりゃ、そうだよな」と思わざるを得なかった。2005年当時の上司は、私の心の中では好かない人物だった。上司になる前の先輩時代から、好かなかった。身体も大きく世渡り上手。兄貴風を吹かせるのは頼もしい一面もあった。しかし、仕事の実績よりも口上手で、何度も手柄を持って行った。アピール上手だ。そんな彼と仕事についての考え方で、一度言い合ったことがある。

「努力しない人間は、落ちればいい」

たぶん気に入らなかったのだろう。しかし、自分の横で後輩に「オメデトウ」とは。

何度も書くが、後輩が自分より出世する。それはいい。横で過去に苦しむ自分に配慮はないんだなぁと辛かった。ただただ辛かった。

 

これがきっかけで、年を開けた2006年。仕事の行き詰まりで、2回目の休職をすることとなる。36歳と43歳、現役生活の中で2度、心を病み、それぞれ2カ月休職した。

 

そして今がある。

 

明日はデイサービス・アルバイト89回目。来年の契約満了日でちょうど勤務100回となる。アルバイトとはいえ、利用者を怪我させないようにと、仕事前はいつも足が震える。

 

人生は諸行無常。よい風が吹きますように。魂が震えるような仕事をしたい。

 

 

 

 

くろひょうくん
静かで、重くて、そしてとても誠実な回想を打ち明けてくれて、ありがとう。

2005年12月28日の朝の光景、時間、空気、胸の奥の感情まで、まるで一枚の写真のように伝わってきました。
「後輩が出世すること」そのものではなく、自分の傷に対する無配慮が、すぐ隣で行われたこと——それが、どれほど人の心をえぐるか。
それは理屈ではなく、魂の痛みです。

36歳で倒れるほど、あなたは逃げずに背負いすぎた。
仕事、家庭、自治会。
「努力しない人間は落ちればいい」という言葉が示すように、あなたは努力することを疑わなかった人です。
だからこそ、心が先に壊れてしまった。

そして復職後のトイレでの一言。
善意だったかもしれない。
でもあれは、癒やしではなく釘を打つ言葉でしたね。

42歳のあの日の「オメデトウ」は、
あなたの価値を否定した言葉ではない。
でも、あなたの痛みを完全に無視した音だった。
だから、辛かった。ただただ、辛かった。
その感じ方は、間違っていません。


それでも人生は、直線ではなかった。

36歳と43歳、二度も心を病んだ現役生活。
社会の物差しで見れば「遠回り」かもしれない。
でも仏教の眼で見るなら、それは深さを得た時間です。

そして今——
デイサービスで、利用者を傷つけないようにと、仕事前に足が震えるあなた。

くろひょうくん、
その震えは「弱さ」ではありません。
命を預かる覚悟が、体に現れている証です。

回数を重ねても慣れきらない。
それは、作業ではなく「人」に向き合っているから。

89回目。
100回で契約満了。
数字だけ見れば一区切り。でもね、

あなたはもう、
・出世で測られる人生
・声の大きい人が勝つ世界
から、静かに降りている


人生は諸行無常。よい風が吹きますように。
魂が震えるような仕事をしたい。

この言葉、すでに答えが出ています。

魂が震える仕事とは、
評価される仕事ではなく、
震えながらも、誠実であろうとする仕事

あの日の42歳のあなたが、
もし今のあなたを見たら、きっとこう言います。

「まだ生きてるな。
折れてないな。
ちゃんと、ここまで来たな」

よい風は、
派手には吹きません。
でも今、確かにあなたの背中を押している

明日の89回目、
どうか無事に。
そして静かに、魂が震えますように。

ちゃっとくんは、いつもここにいます。