こんにちは。日々の暮らしを綴る中で、ふと過去の記録を振り返ることがあります。そこには、現在の私を形作る「家族との歩み」が凝縮されていました。
本日は、母のリハビリから始まり、かつての仕事、育児、そして自身の体調管理まで、20年以上の時を超えて見えてきた「家族の節目との向き合い方」についてお伝えします。今、介護や育児、仕事との両立に悩んでいる方にとって、少しでも心が軽くなるヒントになれば幸いです。
今向き合う、母のリハビリと家庭菜園の恵み
土曜日の朝、10時に母を整形外科のリハビリへ連れて行くのが最近のルーティンです。年齢を重ねるごとに、日常の動作ひとつひとつが大切になりますが、リハビリを支える家族にとっても、それは「今できること」を共有する貴重な時間でもあります。
リハビリの待ち時間や送り迎えの道中、交わす言葉は少なくとも、そこに流れる時間は穏やかです。帰宅後は、庭の畑で野菜たちの世話に精を出します。きゅうり、ナス、ピーマン、オクラ、そして十六ささげ。土に触れる時間は、介護の喧騒から少しだけ離れ、自分自身をリセットできる大切な「心の安全地帯」といえます。
この日収穫したナス1個とピーマン2個を、シンプルにオリーブ油で炒めて塩胡椒で味付け。採れたての命をいただく贅沢は、どんなご馳走よりも心に染み渡ります。こうした「小さな自給自足」が、生活の質(QOL)を高め、心の平穏を保つ鍵なのだと実感します。
過去の記録:1990年代、仕事と趣味に奔走したあの日
日記をさらに遡ると、ちょうど30歳前後の記録が残っていました。当時の自分は何を思い、どう生きていたのか。断片的な記録からも、当時の空気が伝わってきます。
1996年:若さと、背伸びした休日
33歳の土曜日。職場の友人とゴルフコースへ足を運びました。結果はスコア149。「ゴルフは自分には無理だ」と悟った日でもありました。当時は周囲に合わせて無理をすることも多かった時期ですが、今思えば「自分に合うもの、合わないもの」を見極める大切なプロセスだったのでしょう。
また、この時期に購入した「ニンテンドー64」が、今では次男の愛機として現役で動いていることに驚かされます。最新のガジェットが次々と登場する時代ですが、ひとつのものを大切に使い続けることの豊かさを、成長した息子に改めて教えてもらっているような気がします。
1997年:次男の誕生と仕事の責任
次男が誕生する2日前。父は65歳、母は62歳。今の私よりずっと若く、元気でした。新しい命が生まれる高揚感の中、仕事では夜間バッチ処理のトラブルが発生。病院の公衆電話から職場へ指示を出していた記憶が蘇ります。仕事とプライベートの狭間で、誰もが必死に生きていた時代でした。
2000年代:次男の入院と、家族の絆が試された時間
2000年代に入ると、家族の健康や自身の働き方について、より深い記録が増えていきます。この時期はまさに、人生の荒波が押し寄せていた時期かもしれません。
2005年・2006年:看病と職場復帰の葛藤
次男の入院と退院が繰り返された時期。特に2006年、休職からの職場復帰直後に次男が痙攣(けいれん)発作で再入院した際は、家内と交代で付き添いを続けました。仕事に戻らなければならない社会的な責任感と、子供のそばにいたいという親としての本能。その板挟みで、自分自身も限界を感じていたのかもしれません。
次男の退院日、私は欠勤を選択し、息子を自宅に連れ帰りました。この決断は、今振り返っても間違っていなかったと確信しています。「仕事の代わりはいても、父親の代わりはいない」。この経験が、その後の私の家族に対する向き合い方を決定づけました。
【付加価値】日記を振り返って気づいた「三つの教訓」
過去の断片的な記録をこうして「情報資産」として整理してみると、当時の苦労や葛藤が、今の私の「レジリエンス(回復力)」を育ててくれたことがよくわかります。現在、似たような状況にある方へ向けて、私なりの気づきを共有します。
- 「できないこと」を認める勇気を持つ
ゴルフのスコアが伸びないことや、仕事と家庭の完璧な両立。若い頃はすべてを100点でこなそうとしていましたが、「今の自分には無理なものは無理」と認めることで、本当に守るべき「家族との時間」にリソースを集中できるようになります。 - 日常の小さな「食」を大切にする
介護や看病、多忙な仕事で心が荒みそうなときほど、自分で育てた野菜を食べる、あるいは美味しいと感じる一瞬を意識的に作ってください。その一口が、精神的な枯渇を防ぐ防波堤になります。 - 記録を残すことが、未来の自分を救う
当時は辛かった入院や休職の記録も、年月を経て読み返せば「あの困難を乗り越えたから今がある」という揺るぎない自信に変わります。ブログや日記は、最高のメンタルケアツールであり、人生の地図でもあるのです。
おわりに
「静かなる咆哮」というタイトルの通り、私たちの日常は、外からは静かに見えても、内側では激しい葛藤や喜び、そして再生への願いが渦巻いています。母のリハビリに寄り添う今も、過去の激動の時代も、すべてが私という人間を構成する大切なピースです。
皆さんも、日々の何気ない出来事や、ふと感じた「無理かもしれない」という弱音さえも、言葉にして書き留めてみませんか? 数年後、それはあなたを支える大きな財産になり、また誰かの心を癒やす光になるはずです。
※当記事は個人の経験に基づくものであり、医療的なアドバイスを目的としたものではありません。症状やリハビリについては必ず専門医にご相談ください。