定年退職を迎え、これまでの「現役時代の当たり前」を見直している方は多いのではないでしょうか。私もその一人です。特に、長年悩み続けてきた「薄毛対策」への向き合い方をガラリと変えたことで、家計だけでなく心にも変化が訪れました。
今回は、私が実践した薄毛対策の断捨離と、そこから見えてきた「持たない暮らし」の豊かさについてお伝えします。
この記事を読んでほしい方
・定年後の支出を抑えたいと考えている方
・長年の薄毛対策に疲れを感じている方
・自分らしい「老い」の受け入れ方を模索している方
1. 高価な養毛剤と決別し、経済的自立を守る
現役時代、私は薄毛を気にするあまり、高価な養毛剤を使い続けていました。当時は「わずかながら効果がある」と自分に言い聞かせていましたが、定年退職して無職という道を選んだ今、最も優先すべきは「稼げないなら使わない」という規律です。
養毛剤は一度使い始めるとランニングコストが膨らみ続けます。この「課金」を思い切って中止したことは、老後の家計を健全に保つための大きな第一歩となりました。
2. 清潔感とコストを両立する「湯シャン」と「電気シェーバー」
次に着手したのは、日々の衛生用品の見直しです。髪に良いと信じて続けていた高機能シャンプーを思い切って卒業し、現在は「湯シャン(お湯のみの洗髪)」を実践しています。
また、髭剃りについても見直しました。これまで愛用していたT字カミソリは、替え刃が意外と高価です。そこで、古い電気シェーバーを引っ張り出し、再活用することにしました。最新の道具でなくても、工夫次第で清潔感は保てるものです。
3. 月1回の床屋を卒業し、家族とのセルフカットへ
さらに、毎月通っていた床屋へ行くのもやめました。代わりに新調したのは、一台の電気バリカンです。現在は、母に散髪を頼んでいます。
先日も母に刈ってもらいましたが、「ますます薄くなったね」と率直な一言。正直、その言葉には少し傷つきましたが、それが現実です。鏡の中の自分を直視し、取り繕うのをやめる。この「受け入れる」という作業こそが、本当の意味で「禿げに勝つ」ということなのかもしれません。
4. 過去の記録から学ぶ:力を持たない強さ
私の手帳には、過去の自分が残した言葉が刻まれています。5月18日前後の記録を振り返ると、そこには当時の苦悩と希望が混在しています。
- 1999年(36歳):休職中。将来への不安の中にいた。
- 2003年(40歳):スポーツクラブで1時間走り切る体力を誇っていた。
- 2005年(42歳):「相手を打ち負かすには力が必要だが、実は『ある』より『ない』方が強い」という哲学に触れていた。
- 2013年(50歳):会社で孤軍奮闘し、四面楚歌な状況でも「60歳になったら次男と静かに暮らす」という夢を描いていた。
50代の頃の私は、仕事に追われ、徹夜で社員の勤務予定表を作るような日々を過ごしていました。当時の自分に「今の私は、養毛剤も捨て、静かな生活を手に入れたぞ」と言ってやりたい気分です。
まとめ:見栄を捨てて、自分のペースで生きる
かつて家内が言った「自分のペースで生きてみてぇな」という言葉。そして社長が言った「対応が遅くなればなるほど、完成度を求められる」という言葉。それらすべてが、今の私の血肉となっています。
薄毛を隠すための「力(養毛剤や過度なケア)」を手放した今、私はかつて手帳に書いた**「『ある』より『ない』方が強い」**という意味を、身をもって実感しています。何かを失うことは、新しい自由を手に入れること。定年後の人生、見栄を捨てて身軽に歩んでいきましょう。