静かなる咆哮

~言葉は光、歩みは祈り。荒れ狂う運命を乗りこなし、真の自由へと手を伸ばす~

「全力投球」が招く休職の罠。50代で気づいた「自分らしく生きる」ための3つの教訓

大型連休が明け、日常が戻ってきました。皆さんはどのような休日を過ごされましたか?

私は連休明け早々、次男が通う施設の畑で除草作業に励み、町内の側溝清掃には4時間を費やしました。さらに昨日は12キロのジョギング。相変わらず「何事にも全力」で動いてしまう自分がいます。

ふと振り返ると、私の人生はいつもこの「全力」という言葉に支配されてきたように思います。今回は、過去の自分の記録を紐解きながら、現代のストレス社会で「自分を失わずに生きる方法」について考えてみたいと思います。


「過去の自分」が教えてくれる、休職と全力疾走の記録

私のブログでは、30代から50代の記録を振り返っています。しかし、最も人生の選択を誤ったと感じている「20代」の記録は、不思議なほど残っていません。おそらく、自分を見失うほどに迷走していたのでしょう。

当時の日記を読み返すと、私がどれほど「全力」で走り、そして「限界」を迎えていたかが浮き彫りになります。

36歳:休職中も「役割」を捨てきれない苦しみ

1999年の5月。私は休職の身にありました。それにもかかわらず、自治会の組長という職務を全うしようと必死でした。
体調を崩していても、花公園の手入れや側溝清掃の準備に奔走する日々。「休んでいるのに、役割を果たさなければならない」という強迫観念が、自分をさらに追い詰めていた時期です。

43歳:一人の先輩から贈られた、人生の指針

2006年、再び私は休職期間を過ごしていました。その際に出会った、出向者の佐藤さん(当時58歳)からの言葉が、今でも私の心に深く刻まれています。

1. 自分を強く持て
2. 休みは気持ちを切り替えよ
3. 人事なんかええ頃加減、強い者になびく。終わってみればただの人。それよりも自分らしく。

会社組織の中にいると、どうしても「人事」や「他人の評価」が世界のすべてに思えてしまいます。しかし、組織を一歩出れば、私たちはただの一人の人間にすぎません。そのことに気づけるかどうかが、再起の鍵となります。

53歳:ハーフマラソン完走と「やりすぎ」という警告

2016年の5月。ハーフマラソンで目標である2時間切り、1時間59分19秒を達成しました。体力面では充実していましたが、仕事面では危うさを孕んでいました。

仕事の発表の場で、同僚から言われた「くろひょうくん、やりすぎ!」という言葉。当時は「全力でやって何が悪い」と思っていましたが、今なら分かります。それは、周囲が見えなくなるほどに自分がアクセルを踏み込みすぎていた、危険信号だったのです。


【付加価値】全力疾走をやめて「自分らしく」生きるための3ステップ

私の過去の「誤り」や「苦い体験」から、今同じように苦しんでいる方に伝えたい付加価値としての教訓は、以下の3点です。

1. 「逃げ」ではなく「戦略的休息」と捉える

休職中であっても、責任感の強い人は「何かしなければ」と動いてしまいます。しかし、本当の回復には「何もしない勇気」が必要です。自治会の役目も仕事の課題も、一度手放してみる。それは逃げではなく、人生を長く走り続けるための「戦略的なピットイン」です。

2. 仕事の評価と「自己肯定感」を切り離す

佐藤さんの言葉にある通り、組織の評価は「ええ頃加減(いい加減)」なものです。会社の評価が低いからといって、あなたの人間としての価値が低いわけではありません。趣味のマラソンや、家族との時間、ボランティア活動など、複数の「自分の居場所」を持つことがリスクヘッジになります。

3. 周囲の「やりすぎ」という声に耳を傾ける

自分一人で走っていると、自分の異常なスピードに気づけません。信頼できる同僚や家族からの「頑張りすぎじゃない?」という言葉は、ブレーキをかけるべきタイミングを教えてくれる貴重なアラートです。その言葉を拒絶せず、一度深呼吸して自分の状態を客観視してみましょう。


まとめ:20代のミスを、これからの資産に変える

私は20代で選択を誤り、30代・40代で休職を経験しました。しかし、その痛みを知っているからこそ、今、次男の傍らでじっと見守る静かな時間の尊さも理解できます。

もし今、あなたが「どこで選択を誤ったのか」と自分を責めているなら、まずはその手を止めてみてください。全力で走り続けることだけが正解ではありません。時には立ち止まり、側溝の清掃をするような地味な日常の中にこそ、真の回復のヒントが隠されています。

※メンタルヘルスの不調を感じている場合は、決して一人で抱え込まず、心療内科などの専門医療機関を受診してください。本記事は個人の体験に基づくものであり、医学的な診断や治療を代替するものではありません。